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◆ 桜吹雪の道の果て 2009/09/25(金)
9月25日(金) ナゴヤドーム● 中日 2 − 5 阪神 「桜吹雪の道の果て」 ![]() 井上一樹が今季限りでの現役引退を発表した。 20年間ドラゴンズ一筋で歩み続けた野球道。 チームメイトに慕われファンに愛され続けた男は、今年でその歩みを止める決断をした。 古き良き中日ドラゴンズの郷愁を持つ最後の竜戦士。井上一樹。 井上一樹という存在を改めて振り返ってみると、やはりドラゴンズには無くてはならない存在だったと痛感する。 チームの最前線に立ち背中でドラゴンズ率いたのが立浪和義だったとするならば、井上は最後尾から選手たちを鼓舞するような役割だったと思う。 チーム全体の調和と協調を誰よりもに考え、ムードメーカー役を献身的にこなすその姿に今まで何人の選手が救われたことだろう。 これは一見誰でも出来るようでなかなか出来ることではない。彼の持つ人徳があってこそ成せることなのである。 井上一樹は、正直なところプレーヤーとしては結局最後の最後まで一軍半のレベルを乗り越えられなかった選手である。 1年を通してレギュラーを張り続けたシーズンは1999年の1シーズンのみ。それ以外の年では、控えとしては心強いがレギュラーとしては心許ないという微妙な立ち位置を行き来し続けた。 では、なぜ井上が一軍半のレベルを乗り越えられなかったのかと問われれば、その答えは一つ。 井上は野球が巧くなかった。 決して下手なのではない。野球を巧く出来なかったという部分の一点に尽きる。 しかし、よくよく考えてみると、これは井上の致命的な短所であると共に彼を支え続けた最大の長所でもあったのだ。 仮に「野球の才能」に一定の許容量が定められていたとする。 選手一人一人が実力を溜め込むための”容器”を持っていて、その容器の大きさは各選手によって違う。 立浪や福留、井端といった先天的な野球の才能に恵まれている選手はその器が大きく設定されていると考えてほしい。 選手達はその各々に与えられた容器の中を、積み上げた鍛錬の結晶である”汗”で満たしていき、その末に出来上がった物が野球選手としての「実力」の量なのである。 井上一樹というプレーヤーは、この容器が小さかった。 投手での入団から4年目で野手へ転向。その事を考えれば野手としての才能の器は、それこそ平均レベル、いやそれより少し下ぐらいの容器しか与えられなかったのだと思う。 立浪や福留がドラム缶ほどの容器を持っていたとしたら、井上はせいぜいバケツ程度。 守備も巧くない、足も早くない、器用なバットコントロールもない、飛ばす力も備わっていない。 しかし、一度投手を断念した井上に残された道は、この与えられたバケツの中を猛練習で出来る限り満たすことしか術は残されていなかった。 センスも、才能も、何もかも持ち合わせていなかった男が、ただ一つ持っていたもの・・・ やはりそれは、バケツの中に汗を溜め込む直向さだったと思う。 才能に溢れた選手たちのような巧いプレーは井上には出来ない。 だが、巧くないからこそ、才能を与えられなかった選手だからこそ出来ることはある。 井上はそれをやり続けた選手だ。 与えられた容器の中をいっさい手を抜くことなく最大限の汗で満たし続けた。 彼のプレーは華やかではないし、どのスキルに関しても巧いと評されるものは一つも無い。 ただ、井上はひたすらに実直で、泥臭いほどに懸命で、すべてのプレーが活力に満ちていた。自分が出し得る全ての力を常にグラウンド上に表現していたのだ。 その姿勢は確かにファンの心を揺らした。 ベテランと呼ばれる年齢に達しても、井上一樹は井上一樹であり続けた。 小器用なプレーはもちろん無い。ベテランならではの老獪なテクニックなんて一切ない。 井上一樹は、最後の最後まで不器用で、実直で、豪快なスタイルを貫き通したのだ。 そう。それこそが井上一樹の進んだ野球道なのだ。 感激の空を目指して、泥だらけで進み続けた男の誠実で不器用な生き様。 井上一樹。あなたのプレーはカッコ悪くなんかない。その姿は、何よりも美しく華麗な勇姿だった。 お疲れ様! ◆ トラウマ・エンディング 2009/09/22(火)
9月22日(火) 東京ドーム● 中日 0 − 2 巨人 「トラウマ・エンディング」 巨人のマジックナンバーはついに「1」 今日、東京ドームで行われる試合で中日が敗れればその瞬間に巨人の三連覇達成となる。 目の前で相手チームの、特に巨人の胴上げを見るというのはやはり良い気分ではない。 しかし過去の記憶を辿れば、何の因果かドラゴンズは目の前で巨人に胴上げされるというケースが非常に多い。 しかもその記憶は、どれも内臓をエグり取られるような”トラウマ的胴上げ”の数々である。 ![]() 1994年10月8日。国民的行事と謳われたあの10.8同率決戦。 ![]() 1996年10月6日。ナゴヤ球場最後の年、最終戦。 ![]() 2000年9月24日。4-0からの歴史的大逆転劇。 ドラゴンズファンにとって目の前で見る巨人の胴上げは、どのシーンも忌まわしく拭い去れないほど屈辱的なものばかりなのである。 そういった今までの経緯を考えると、今年も「トラウマ・エンディング」が待っているのではないかとついつい勘繰ってしまう。 たとえるなら映画・ミストのラストシーンのような、頭にこびり付いて離れない悲痛な終幕が待っているかと思うと・・うーん。目を背けたい。 出来ることなら今日の試合に勝利して巨人が胴上げする瞬間を見ないで済むのが一番なのだが、どうだろう、果たして避けて通れるのだろうか。 ここで「嫌な胴上げパターン」を想像してみよう。 今シーズンに関してあるとすれば、勝ちゲームを劇的にひっくり返されてサヨナラ負けで優勝決定というパターンが、考えられる中で一番”嫌な胴上げのされ方”である。 ただ、サヨナラで優勝決定というのは球界の歴史上でもそうそうある事ではないので可能性としてはかなり低いはず。 何にせよファンのトラウマになるような幕切れだけは勘弁していただきたい。 もし、今日負けるなら傷が浅いように出来るだけ地味に負けてくれ!と心からそう願うのである。 そう思いながら過去の巨人の胴上げパターンを調べてみると、 これまで巨人が本拠地・東京ドームでリーグ優勝を飾った試合は1990年、2000年、2007年の3回。 その3回のデータを調べてみると・・・ ![]() 全試合、劇的サヨナラ決着! ぐわっ・・岩瀬が危ない! ◆ 進化による退化 2009/09/20(日)
9月20日(日) ナゴヤドーム● 中日 3 − 4 横浜 「進化による退化」 ![]() もう今シーズン数え切れないほど見たであろうサードからの悪送球・・・・。 ボールはカメラマン席に飛び込みテイクワンベース。セカンドランナー藤田は労せずして決勝点のホームを踏んだ。 そして悪送球をしたサードベースマンは今シーズン25回目の苦笑いを浮かべた。 別に私はエラーしたことを責めるつもりはない。 そもそも野球にエラーは付き物であり、フィールドにいる以上は多かれ少なかれ避けては通れない道である。 ただ、正直な意見を言わせてもらえば、森野のエラーは許せるが、エラーした後に浮かべるこのツラだけはどうしても許せない。 「あっれー?おっかしぃなー??」とでも言いたげなこの表情。 キツネにでもつままれたような、さも何か別の力が作用しましたとでも言いたげな不遜の笑み。 なんだろうこのあからさまな上から目線は。弘法も筆の誤り・・とでも言いたいのだろか。 いや、違うぞ!森野!全然違う!これは筆の誤りどころか、墨汁とイカ墨を間違えるぐらいの、明らかな大チョンボだぞ!笑ってる場合じゃない! エラーした後のこの表情が物語るように、今シーズンの森野は完全に思いあがっている。 サードの守備力に関しては言えば、ここまでハードな練習を積み重ねてきたことで本人にもそれなりの”自負”が芽生えているんだろう。それ自体は決して悪いことではない。 実際、森野の捕球スキルは年々目覚しい成長を遂げているし、自信と経験に裏うちされた技術を武器に数年前なら絶対に捌けなかった範囲までグラブが届くようになってきている。 確かに技術力は上達しているのだ。それは誰もが認めるところだろう。 ただ、その薄っぺらな自負なんてもんは思い上がり以外の何物でもない。森野がここ数年間の猛練習の末に手にしたのは誇りではなく”驕り”だったのだ。 森野は、なまじっかテクニックを手に入れてしまったためにある大切なものを失ってしまった。 それは・・・・・熱だ。 ![]() 森野将彦という一人のフィルダーを支え続けた能力。それは”熱”である。 決して守備が巧いわけではないが無骨で堅実で一生懸命。その謙虚なまでのプレースタイルこそが平凡だった森野を今の位置まで押し上げた何よりの原動力だったはずだ。 あの頃の森野の守備は、文字通り”熱かった” 荒木・井端のような華麗な守備とはお世辞にも言えないが、森野は誰よりも熱意に満ちた必死の形相でプレーしていた。 その無垢で一心不乱な姿勢はどのポジションを守っても同じ。サードでも、セカンドでも、ファーストでも、外野でも変わらなかった。 「なぜ、森野は複数のポジションをこなせるのか?」 それは器用だからじゃない。与えられたポジションで誰よりも頑張ってるからだ! 当時は、胸を張ってこう言えた。 ところが、今の森野は何だ。 小手先の技量と腐りきった慢心と薄っぺらな自尊心を振りかざして、「オレ結構できるんだぜ?」とでも言いたげな振る舞いで、不誠実なプレーを連発する有様。 言わせてもらえば、あの頃の下手だけど一生懸命だった森野の方が今より数倍巧いしカッコ良かった・・。 つまり森野の守備は進化したことによって退化してしまったのだ。 「オレの知ってる森野将彦どこいった!」 「過去にさかのぼって取り返して来い!」 そう叫びたくなるような、何か裏切られたような気持ちで一杯だ。 だから、私はここで思い切った提案をしたい! おそらくこれは森野を更生させるための最後の手段だろう。しかし、この方法を用いれば確実に森野の守備は蘇生する。 その戦術とは・・・これだ!! ![]() サードゴロ 中継プレー案!!! つまり、こういう事だ。森野がサードゴロを捕球したら、すぐさまピッチャーへ送球。 そしてその送球を受け取ったピッチャーが、”中継役”となりファーストへ送球するというこの作戦。 これが何を意図してるかというと、つまり「お前はまだ半人前だ!」という森野への痛烈な皮肉を含んだ戦術なのである。 自分はサードが”出来る”と勝手に思い込んでる森野の目を覚まさせるには、もうこれぐらい極端な荒療治に打って出るしかない。 思い出せ!お前の守備は下手なんだ!下手だからこそ、迷惑だけはかけまいと一生懸命だったんだろう! その思いが森野将彦を巧くさせたんじゃないか! 必死だったあの頃の気持ちをこの「サードゴロ・中継プレー」でもう一度思い出して欲しい。 ◆ 一筆入魂! 2009/09/18(金)
9月18日(金) ナゴヤドーム● 中日 2 − 5 横浜 「一筆入魂!」 こんな私でも、たまぁーにサインを求められることがある。 どんな時かと言うと、本を買って頂いた方に「サインください!」と頼まれるケースである。 実は、私はこういう場面が一番苦手なのだ。 「え?オレのサインなんかで良いの?」と、ついつい聞き返してしまうぐらいだが、 まぁよくよく考えてみれば自分で出した本に自分がサインするってのは当たり前か・・・なるほどなるほど。 そう思いながらペンを手に取るのだが、問題はここからだ。 こういう時って・・・ホント緊張する。 そうそう何度もある機会ではないし、そもそもサインなんか普段から書き慣れてる訳ではないので、こういう場面では額から汗がジワリと滲んでくるような妙な緊張感を毎回感じる。 「でも、せっかくの機会だから、出来るだけ上手に書いてあげなきゃ・・。」 そう思えば思うほどペンを持つ手は小刻みに震える。 ぐぅ・・・落ち着け。落ち着け。普通に書けば良い、そう。大丈夫。普通に書けば良いんだ。 もはや書道家ですら感じたことのないような葛藤を覚えながらも、慎重に、丁寧に、私はサインを書き上げる キュッキュッキュキュ・・・ 堀・・・正・・・・央・・・・「!!!!!」 ![]() 「あああああ!!!最後のはらいの部分失敗したぁ!!!!!」 もう、いつもそんな感じだ。 ただ、そんな私の気持ちを誰よりも理解してくれる人間が、この世にたった一人だけいる。 おそらくその人物は”名前を書く”という事に関しては、私のサインの時よりも遥かに慎重な姿勢でペンを走らせていたことだろう。 彼は、一字一句間違わぬよう細心の注意を払って、この名前を書き上げたはずだ。 ![]() 田代監督「・・・・ふぅー」 ◆ 壁の向こうへ 2009/09/17(木)
9月17日(木) マツダスタジアム○ 中日 4 − 1 広島 「壁の向こうへ」 ![]() ドラゴンズの歴史上、「シーズン100打点」を記録した選手は過去9人しかいない。 西沢道夫、マーチン、大島康徳、落合博満、大豊泰昭、山崎武司、ゴメス、福留孝介、ウッズ。 こうして見渡してみると、球団史上に残る大打者や名助っ人外国人の名前がズラリと並ぶ。 チームの核となるバッター。いわゆる”主砲”の役目は、やはり何と言っても打点を稼ぐこと。 その中で100打点という記録は、シーズンを通してチームの期待に応え続けたという何よりの証明である。 この「100」という数字は1年間クリンナップを任されたからといって簡単に手が届く数字ではない。 ”3試合中、2打点”というペースをフルシーズン続けてやっと届くかどうか・・・という途方も無い記録。 あの江藤慎一も、谷沢健一も、宇野勝も、立浪和義も、大台であるシーズン100打点の壁を一度たりとも越えることは出来なかった。 しかし、幾多の名選手を寸前でつき返してきたその頑丈な壁を、今宵、ブチ破った男がいる。 森野将彦。100打点の壁を越えることを許された10人目の打者だ。 プロ入りから苦節11年目。ついに主砲の証である100打点の称号を手にした森野だが、 過去、100打点の壁を越えたの9人の打者とは一つ決定的に違うところがある。 かつて100打点を記録した先人たちの記録を見ていくと、ある共通の要素が浮かびあがってくる。 調べてみると、どの打者も100打点を記録したシーズンは際立って本塁打が多いのだ。 西沢46本、マーチン40本、大豊38本、山崎39本など、100打点の壁を越えたシーズンでは、ほとんどの打者がキャリアハイの本塁打数を記録している。 つまり、本塁打数の増加に引っ張られる形で、打点数も増加し、100打点の大台を突破しているのだ。 ところが、森野はどうだろう? 今シーズン森野が放った本塁打は今日までで22本。 確かにこれは森野自身のキャリアハイに当たる本塁打数だが、かつての100打点越えの選手達と比較すると明らかに本塁打数が少ない。 これこそが他の打者と決定的に違うところである。 つまり、これはどういう事かというと、森野は”本塁打に頼らずとも打点を稼ぎ出せる”ということを証明したのだ。 では、具体的に森野の打点の詳細を調べていこう。 今シーズン森野が挙げた総打点数は「100」。このうち本塁打が22本でその内わけは以下の通り。 ![]() このデータを見てわかる通り、森野の総打点数「100」の中で本塁打によって生み出された打点は、たった「38打点」しかない。 つまり、それ以外の「62打点」はすべてタイムリーや犠牲フライなど、いわゆるチャンスを確実に物にする打撃で、補っているのだ。 チャンスでしっかり結果を残す。それを毎試合、毎試合、コツコツと積み上げてついに100の領域に到達した。 これを勝負強いと言わずして何と言うのだろう。 なにも本塁打を量産せずとも、勝負所できっちりしたバッティングを積み上げていけば「100」の壁を越えられる。それを森野将彦は証明したのだ。 球団史上7人目となる打点王獲得へ向けて。 100の壁を越えた男の加速は止まらない。 ◆次のページ >> |
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