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◆ 屈辱 2009/04/30(木)
4月30日(木) ナゴヤドーム ● 中日 0 − 3 ヤクルト 「屈辱」 ![]() 一昨日はお膝元の豊橋で競り負け、ナゴヤドームに戻った昨夜はミス連発で完敗。そして今夜はなんとも後味の悪い感じで完封負け。ヤクルトに対して3連敗を喫してしまった。 開幕4連勝の勢いは完全に消え失せ、4月は終わってみれば借金3の5位。 ここ数年は久しく感じていなかった「屈辱の幕開け」で新生ドラゴンズの初月は終わった。 WBC以降のドラゴンズに対する風当たりは非常に強く、それに加えて成績も振るわないという悪循環。 こういった逆風の状況で、チームが、そして我々ファンがやらなければならない事はただ一つ。 屈辱に耐えること。我慢することだけだ。 耐え難いほどの屈辱を乗り切れば、その我慢は必ず力に変わる。そう信じて目を背けず現実と向き合うことが重要なのである。 さて、この理論派塾ではあまり、というか全くプライベートなことは書かない私だが、実は今日、実生活で耐え難いほどの屈辱を受けた。 それはそれは、屈辱のあまり顔が真っ赤になって全身が硬直し、怒りと自分の情けなさに打ち震えるような出来事だった。 恥ずかしいのであまり言いたくはないのだが、今のドラゴンズが直面している屈辱を思えばまだまだこんなもの大したことは無い。 ・・・と自分に言い聞かせながら、書くことにしよう。 今日、出社し仕事場のデスクにつくと、デスクの隅の方に見慣れないものがポツンと置かれていた。 「なんだこれ?」と不思議に思い、手に取ると、それは市販されている表面が無地のDVD−Rだった。 うーむ・・全く覚えが無い。というか、どう考えても私のものではない。 「誰かが置き忘れてったのか?」と思い、なにげなく裏側を見ると裏面には黒いペンでこう書かれていた。 「麻美ゆま 〜ベストセレクションVol.1〜」 「わっ!」 あまりの衝撃に少し声が出てしまった。 そう。実は何を隠そう、私は中日ドラゴンズと麻美ゆまには目が無い男の子なのだ。(麻美ゆま知らない人はググってね。) (おぃ・・・どうする・・・) すかさず自問自答だ。さすがに明らかに他人の物を黙って持ち帰る訳にはいかないが・・・ いや、もう何っつーか、正直なところ出来ることなら今すぐにでもパソコンで見たい!! 何か・・何か良い方法はないか・・またも自問自答だ。 そうだ。ここである仮説を立ててみよう。例えば置き忘れた人がいたとして、ここに置いた事すらも忘れている可能性というものは、結構・・・無くはない。 となれば、完全に流れは私に向いている。麻美ゆまDVDは既に手に入ったも同然の状況だ。 ただ、持ち逃げというのもさすがに”モノがモノ”だけに気が引ける・・・。 うーん・・難しい。ホント難しい。 いや、あえてここはパソコンのHDDに落とすか。画面だけ消しておけば処理時間さえ凌ぎきれば何とかなる。そして何事も無かったように戻せば、晴れて完全犯罪の成立だ。 しかし・・・その作戦を実行に移すだけの度胸が私にあるかというと・・・うーん。実際は難しい。 くぅ・・どうする?どうする? そして、あれこれ悩んだ末に、私が出した結論は・・・・・現状維持。 我慢。本当は喉から手が出るほど欲しいが、手中にするには様々なリスクを奇跡的に潜り抜けなくてはならないという事を考えると、 残念ながら・・・ここは溢れ出す涙を飲み込むしかない。 私は、街灯の下に捨てられている可愛い子犬を「ごめん!うちじゃ飼えないんだ!」と置き去りにするように、涙ながらにDVDを元あった位置に戻した。 さて、日も暮れかけそろそろ退社時間だ。 今日はナゴヤドームでZIP-FMのDJの方と会う約束をしている。急がなければ。 そう思って帰ろうとした矢先、後ろから後輩が声をかけてきた。 後輩 「あっ!堀さん!あのDVD見ました?」 堀 「はっ?な・・何のこと?」 後輩 「DVD置いといたんですよ。堀さんの机に。知りません(笑)?」 堀 「・・えーっと、んあぁあ。あれね。」 後輩 「あれ実は、クローズZEROのDVDなんスよ。ほら、この前のテレビでやってたの録画したヤツなんです。」 堀 「・・・??」 後輩 「で、もうボク見終わっちゃったんで、捨てるものアレだし、どーしようと思ってたんですけど、」 堀 「・・・・・・・」 後輩 「まぁ、DVDに麻美ゆまって書いとけば、堀さんが勝手に持ってくかなぁ〜って思って(笑)」 堀 「・・・・・」 堀 「・・・・・・・・・・」 堀 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ぬぉぉあああああぁぁぁぁああ!!!!!!!!!!! 屈辱っ!この上ない程の屈辱! 年下の思うがまま、なすがまま、されるがまま。 あの真剣思い悩んだ時間は、すべて私が勝手に踊らされていただけだったのだ! 今、書き終わった時点で確信した。 ドラゴンズが今直面している屈辱なんてヘでもない。 好き放題やられて屈辱を受けることは恥じゃない。だが、悔しいと思わないならそれは恥だ。 あぁ〜ホント悔しいっ! ◆ 頑張れオレ!マジ頑張れ! 2009/04/29(水)
4月29日(水) ナゴヤドーム ● 中日 1 − 7 ヤクルト 「頑張れオレ!マジ頑張れ!」 ![]() 試合開始前にゲームセット。私にとって今日という日はそんな一日だった。 今回のドラブック09の本の帯を書いて頂いたのがきっかけで、木俣達彦さんとは大変仲良くさせていただいている。 今日の朝、その木俣さんから携帯に電話がかかってきた。 突然のことにビビる私。今まで木俣さんから何度か電話はいただいているが、どうにも携帯の液晶画面に「木俣さん」と表示されるこの瞬間だけは、心臓が爆発しそうになる。 電話を取り、その後ご用件を伺うと今日の試合前に少し打ち合わせをしようということだった。 「はい!喜んで!」と二つ返事で答える私。 意気揚々とナゴヤドームへ向かうと、待ち合わせ時間きっかりに”あのお方”がいらっしゃった。 何度お会いしてもやはり貫禄が違う。招かれるままに木俣さんの後へ続き、関係者通路を抜けると・・・辿りついたのは関係者専用のラウンジのような場所だった。 今まで何百回とナゴヤドームに足を運んでいるが、こんな場所は見たこともない。 テレビ局のアナウンサーや、その業界の方々が行き交うその場はまさに禁断の園である。 そして緊張気味に打ち合わせを始めたその時!私の目の前を横切ったのはなんと、中利夫さん!!! さすがにチビりそうになった。 目の前にはドラゴンズ伝説の捕手。そして視線の先にはドラゴンズ伝説の中堅手。 この場面で正気を保てというのにそもそも無理がある。もう、いちファンとしては天国のような領域に足を踏み入れてしまったのだ。 「すげぇ・・・やべぇ!マジやべぇ!」 「通行パスとか無いんだけど、怒られないよね?」と気が動転しながらも、遠くなっていく意識をなんとか取り直し、いざ打ち合わせへ。 打ち合わせの中で木俣さんから色々な話を聞くにつれ感じるのは、やはりドラゴンズの扇の要を20年近く守り抜いてきた男の”視界”というのは、私たちでは到底手が届かない位置にあるということだ。 捕手ならではの観察眼、○○はココがまだ足りないという具体的な指摘、どれをとってもすべてが金言で、「まだそういう視野があるのかぁ・・」と勉強になることばかりだ。 自分で言うのも何だが、私もドラゴンズのことはそこそこわかってるつもりだったのだが、 ブラウン管越しや、スタンドレベルではどうやっても垣間見ることの出来ない「証言」の数々は私の心に大きな衝撃を与えた。 やはり、プロ野球選手は凄い!その後木俣さんはCBCのラジオ出演があるのにも関わらず、時間ギリギリまでお話をしてくださった。 さて、打ち合わせの方はというと、わりとスイスイ進んだのだが、その中で木俣さんからありがたいお褒めの言葉を頂いた。 「本読んだけど、お前の書く文章、なかなかおもしろいよ。」 滅多に褒めないと言われる木俣さんからのこの一言。 以前、電話でそれっぽいお褒めの言葉は頂いたが、いざ目の前で生の言葉で褒めていただけるとは、感無量である。 いやぁ、もうこの言葉を木俣さんから言ってもらえただけで、私は本望である。 この理論派塾や、本の出版も、何のためにやっているかと聞かれるとその答えは非常に難しいが、 こうしてドラゴンズの伝説と言われる選手に褒めてもらえることは、今後の私にとって大きな力になる。もうホント涙出そうになった。 「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!・・・」もう、その時何回言ったか覚えていないほど感謝の言葉を連呼した。 伝説と崇める選手。ファンにとって限りなく神に近い存在の人に認めてもらえたんだから、私はもっともっと今以上に頑張らなくてはいけない。 そして、「やはりオレの目は間違っていなかった。」と将来木俣さんに言ってもらえるような、そんな作品をこれから残していきたい。 よし!頑張れオレ!マジ、頑張れ!そう感じた一日だった。 ドラゴンズも私も、ここからが本当の正念場だ。 ◆ 恐怖の余韻 2009/04/28(火)
4月28日(火) 豊橋● 中日 2 − 4 ヤクルト 「恐怖の余韻」 イチローがある番組で、打撃論の話になった時にこんな事を言っていた。 「ドンドン振りに行く選手を羨ましいとは思わないけど、我慢できる選手はすごく羨ましく思える。」 調子の悪い時、本来の感覚を失いかけた時こそバッティングには「我慢」が必要だとイチローは説いた。 調子が良ければ問題はないが、気持ちが焦ってくると、追いかける必要のないボールまでついつい追いかけてしまう。 もはやこれはバットマンの性というか、人間の性なのだが、そういった人間の理性に抗う手段がこそが「我慢」なのだろう。 さて、ドラゴンズの打者の中でその「我慢」を求めたい打者が一人いる。 悩める4番打者「KILLER・B」ことトニ・ブランコだ。 ブランコは、来日初打席で放った超特大ホームラン以降は特にこれといった活躍はなく、日本野球への順応に四苦八苦しているのが現状である。 「当たればデカイが”当たらない”」 それこそ、サイコロを転がしてが「1」が出たらジャストミート。他は空振り。という半ばギャンブル的なバッティングでは、安定したパフォーマンスを望むのは難しい。 異国の地、異質の野球感の中で結果を求められる苦労はわかるが、ブランコが今の状態のままではドラゴンズの浮上は見込めない。 特に気になるのが冒頭でも書いたバッティングの「我慢」が出来ない部分である。 ブランコの打席を見ていると目につくのが、投手の投げる全部の球を”追いかけている”ことである。 明らかに外角に外れたボール球でも、ワンバウンドの球でも、踏み込んで打ちに行くアプローチをしている。 この対応はバッターとしては一概に悪いことではないが、少なくとも今のブランコが行う対応としては間違っている。 今のブランコに必要なのは相手投手のデータを頭と身体で感じながら、打てるボールと打つべきではないボールを”選別”していくことなのだ。 それを全部打ちに行ってしまっては、それこそ「当たればラッキー」「外れたら残念」というギャンブル的なバッティングになってしまい、核心に近い感覚を得られる可能性は薄くなってしまう。 だからこそ、今のブランコには「我慢」が必要なのだ。 「ウッズとブランコの一番の違いは何か?」と聞かれたら、みなさんは何と答えるだろうか? いろいろ思い浮かぶだろうが、私の答えはこうだ。 「うーんとね。国籍っ!」 ・・・今の言葉は忘れてほしい。 ウッズとブランコの一番の違いは「三振した時の恐怖感」である。 ウッズの三振は三振に倒れてなお、相手投手に恐怖を植え付けることが出来る。それこそがウッズの本当の怖さなのだ。 ウッズというバッターは基本的に”甘い球”しか待たない。 要するに「この球を自分がホームランに出来るかどうか?」にしかスイングの基準を置かないのだ。 インコースもワンバウンドにもアプローチしない。なぜならホームランに出来ないから。それを自身の感覚で理解しているのだ。 だからたとえ完璧な空振り三振に打ち取られたとしても、ウッズは相手投手を睨み付けこう呟けば良いのだ。 「次、甘かったら・・・行くぞ。」と。 残念ながら今のブランコにはこの打ち取られて尚怖いという空気がない。 同じ三振でも、ウッズのような恐怖の余韻を後に残す三振ではなく、完全に”やられちゃった三振”なのだ。 そんなブランコ君に一つ知恵を授けよう。 悪いこと言わないから一度だけで良いから試して欲しい。 まず、打席に立つ。そしていつも通り構える。そして来るボールに対してステップだけして、結局一球もスイングしない。という打席を一打席で良いから作って欲しいのだ。 おそらく結果は見逃し三振になると思うが、それで良い。実はそれで作戦は成功なのだ。 そして、最後に投手を睨み付けた後、ニヒルな笑いを浮かべながら一言こうつぶやくのだ。 「um・・・ I see・・・。」 これやってみ!!絶対、相手ビビるから!!! ◆ いにしえの魔球 2009/04/26(日)
4月26日(日) 東京ドーム○ 中日 8 − 0 巨人 「いにしえの魔球」 ![]() 最古の魔球と言われる変化球「カーブ」 しかし、野球の近代化が進むにつれ、このカーブを決め球とする投手は少なくなってきている。 打者の選球眼やバッティング技術が年々向上してきたことにより、直球とカーブ(ドロップ)で打者を仕留められる時代は終焉を迎え、 現代野球の主流はいつしかカットボールや、ムービングファストボールなどの打者の手元で細かく動く変化球に移り変わっていった。 それと共に「カーブ」はフィニッシュボールとしての役目を終え、投球に緩急のつけるための変化球として使われるようになっていく・・・。 だが、そんな野球界の趨勢はある男の登場によって突如動き出した。 2008年の日本シリーズで「カーブ」をフィニッシュボールとする投手が天下を取ったのだ。 日本シリーズMVPに輝き、カーブ復権の大号令を高々に轟かせた男。その名は岸孝之。 岸は「カーブは死なず。」を日本プロ野球界最高の舞台で証明してみせたのだ。 さて、ドラゴンズの中でカーブと言えば誰だろう? 歴代の投手で考えれば、今中慎二の名が真っ先に思い浮かぶが、ドラゴンズの現役投手の中で”勝負出来るカーブ”を投げることが出来る投手は非常に少ない。 ただ・・・該当する投手として一人だけ思い浮かぶ男がいる。左腕・川井雄大だ。 現在のドラゴンズでは山井大介や朝倉健太など、カーブのような軌道で曲がるスライダーで勝負している投手は何人かいるが、 大きく膨らみ鋭く曲がって落ちていくという、言うなれば”正統派のカーブ”で勝負している投手は川井雄大だけである。 川井の得意とするカーブは時速110キロ前後の極めて遅いスローカーブ。 このスローカーブは多彩な変化球を操る川井の中でも生命線といえるボールである。 ただ、速度が遅いため基本的には多投は禁物。かと言って投げなくては幅が広がらないという非常に難しいボールではあるが、 今日の試合。川井はカーブのバランスを上手く収めて5回を投げ4安打無失点。生命線のカーブを痛打されることなく見事に今季初勝利を手にした。 時代錯誤といわれようがいっこうに構わない。 カーブの時代は終わったかもしれないが可能性の追求に終焉は無い。 いにしえの魔球・カーブ復権へ。その魅力に取り付かれた男の”逆襲”が始まる。 ◆ 鋼鉄の守護神 2009/04/25(土)
4月25日(土) 東京ドーム● 中日 4 − 5x 巨人 「鋼鉄の守護神」 ![]() 鋼鉄の左腕から放たれる高速スライダーは、ドラゴンズに数えきれないほどの栄光をもたらした。 当然のように最後のアウトを収め、安堵の表情で”いつもの苦笑い”を浮かべる彼のことを私たちは「神」と称し、全幅の信頼をおく。 だが、いつものように勝利を告げるはずの今夜のウイニングボールは、ライトスタンドのジャイアンツファンの手中にあった。 代打逆転サヨナラ3ラン。神は失敗を犯した・・・。 しかし、私たちが神の過ちを咎めることはない。 確かに、近年は年齢的にも下り坂に差し掛かり、投球には全盛期のような絶対的なオーラは無くなり始めている。 登板過多や肉体的な衰えを指摘する声もここ最近特に多く聞こえるようになってきている。 だが、そんな状況でも私たちの信仰は揺るがない。 彼が今まで成して来たことの大きさ、重さ、そして与えてきた数。その尊さを知っている人ほど、同じセリフを口にする。 「岩瀬で負けたらしょうがない。」 この言葉は、負け惜しみでも悔しさを紛らわせてる訳でもなく、私たちファンの基底にある感情なのだ。 明日も、明後日も、5年後でも同じだ。岩瀬仁紀が岩瀬仁紀でいる限り、思いが揺らぐことはない。 ドラゴンズの勝利が迫ったラストイニング。登場すべき男の名は変わらない。 ◆ ドラゴンズ演劇論 2009/04/24(金)
「ドラゴンズ演劇論」「書くタイミングが無いなぁ・・・」と思って、なかなか書けなかったことなんですが、 「まぁ、このへんで書いとくか。」と今、ふと思ったので書きます。 これは理論派塾とデジほり=堀正央を知る上で非常に重要な部分なので是非読んでください。 以前の新聞の取材でも聞かれましたし、今月のラジオ出演でも聞かれたんですが、「堀さんはどういう風に試合を見てるんですか?」って聞かれることが結構あります。 実はその時、僕は明確な回答をしたことがありません。 何故かと言うと、一番大きな理由は「たぶん言っても理解してもらえない」からなんです。 記者さんにこんなこと話ても記事の中には載らないだろうし、ラジオも30分もらえるなら話すんですけど尺の問題もあるので、当たり障りの無い答えをするんですが、 理論派塾を見て頂いている方々には知っておいてほしいことなので、興味のある人は聞いてください。 ファンには色んな楽しみ方があると思います。 一人の選手を追うスタイルとか、チームの勝利だけを追い求めるスタイルとか。楽しみ方は人それぞれでどれも素晴らしいものだと思います。 でもその中で僕のスタイルってのは、ちょっと変わってて、ドラゴンズを一つの「演劇」として見るスタイルなんです。 ・・・ね?ほら、キョトーンでしょ。こうなるから取材とかでは「まぁ・・普通に」とか言って誤魔化しちゃうんです。 でも、今日は書いちゃいますよ。 僕の楽しみ方は、プロ野球の試合そのものが真剣勝負に基づいた「演劇」で、ドラゴンズという組織は「劇団」。選手は「演者」という考えで試合を見るというスタイルなんです。 僕が見つめるグラウンドという舞台上には、巨人・阪神のような「敵役」がいて、先の読めない真剣勝負という名のストーリーを描き出すんです。 もちろん僕はハッピーエンドを望んで劇場に公演を観に行くんだけど、その結末は、場合によっては喜劇だったり悲劇だったりして、感動したり悲しい気持ちになったり・・・ でも、そんな中で役者たちは精一杯の真剣な演技を見せてくれる。そこに惹かれて僕はナゴヤドームに通うんです。 だからドラゴンズの負け試合はもちろん悔しいんだけど、「悲劇」として見ればそれはそれで作品として完成されてて、 悲劇の中には必ず問題提議があって、それを噛み締めるのもまたオツなもんなんです。 だから試合の後に「なんだよ中日負けやがって!」と思うことはほぼありません。 それよりは、今回の悲劇(負け試合)は”人生思い通りにはいかない”って教訓を教えたかったんだなぁ。とか、考えることが多いです。 僕が理論派塾で采配批判や選手批判を全くしないのも、この「演劇」っていう観点で見てるからで、 采配、つまり真剣勝負の末に生み出された脚本にケチつけるのもナンセンスだし、俳優のNGシーンや演技が上手く行かない葛藤も、僕に言わせれば大きな見所なのです。 だから僕はイ・ビョンギュとかホント大好きだし、ストーリーの中の登場人物でダメなヤツってのも絶対必要なんです。 ほら普段は全然ダメだったヤツが、ある時、突然大活躍する回。ってドラマとかでよくあるでしょ? 「そんな回があるかもしれない!」と思うと、ついつい期待しちゃうんです。まぁ・・・無いかもしれないんですけどね。 で、そんな珠玉の「演劇」を心から楽しむためには、当然、見る側は予備知識やイマジネーションが必要だから、僕は最大限の準備をして幻想を膨らませながら試合を見るんです。 「新人俳優の野本は、絶対将来は立浪みたいな大物俳優になるぞー!」とか、 「浅尾はイケメンで演技上手いからすげぇなぁ!」とか、 「あの金本って悪役、すっげぇ嫌なヤツだけど良い演技するなぁ!」とか、 「今日は最悪の悲劇だったけど、これは絶対伏線だな。」とか そんな「演劇」の一つ一つが積み重なった先に、最高のクライマックスが待っている。それを見るために僕はドラゴンズの試合を見るんです。 「ドラゴンズ演劇論」 ちょっと突飛な感覚に思えるかもしれませんが、この領域に足を踏み入れることが出来たらドラゴンズの試合が今より500倍ぐらいは楽しくなりますよ。 ◆ 竜の核 2009/04/24(金)
4月24日(金) 東京ドーム○ 中日 3 − 2 巨人 「竜の核」 ![]() 野球における3番打者の重要性は非常に高い。 もともと「3番打者・最強論」は野球界では古くから言われてきたことであり、 求められる条件は打率が残せて、長打が打てて、尚且つ出塁率が高い事。つまり最もトータルバランスに優れた選手が務める打順こそが「3番」でなのである。 3番打者は、1番・2番と連動しながら、4番・5番に繋げるという「決める仕事」と「繋ぐ仕事」の両面を請け負うまさに攻撃の核。打線の質の高さは3番打者の力量で大きく変わってくるのだ。 思い起こしてみればドラゴンズが優勝した年には必ず3番打者がチームの核となっていた。 ![]() データを見るかぎり、3番打者の成績の充実とチームの勝敗は、高い相関性を持ってると言って間違いは無い。 では現状、ドラゴンズの打線を見た時に3番打者に最も適した人材は誰か?と問われたら、もちろんそれは森野将彦をおいて他には考えられない。 たとえば野球のバッターに、ボクシングのような強さを表すランキング制度があったとするならば、おそらく森野は国内でTOP10には余裕で入ることが出来るだろう。 生え抜きの叩き上げ選手としては近年では立浪・福留に次ぐ優秀な打者であり、今や森野はドラゴンズが球界に誇れる打者の一人にまで成長を遂げた。 しかし、2006年の福留、2004年の立浪、1999年の関川ほどの頼り甲斐が今の森野に備わっているかと言うと残念ながらその域までには達していない。 理由は一つ。「勝負強さ」だ。 今シーズンの森野は、得点圏の成績はそれほど悪くは無い。いや、むしろ良い方の部類に入る。 ただ、ファンの印象に深く刻まれるような勝負の”肝”という場面では、期待に応えてくれないイメージがまだ強い。 過去の記憶はどうしても美化されがちだが、99年の関川は「ここで一本欲しい!」という所で必ず打った。2004年の立浪もそう。2006年の福留に関しては場面は関係なく常に打っていた。 関川が巨人戦で放った”バンザイサヨナラタイムリー”、立浪が日本シリーズで松坂から放った”同点3ラン”福留がつまりながらもセンター前に運んだ”優勝決定打” こういったファンとして一生忘れることのないであろう「劇的なシーン」を森野はまだ持っていない。 今日の試合で、森野が越智から放った決勝打はもちろん素晴らしかった。たが、厳しい良い方をすればまだまだこれでは忘れてしまう。 今シーズン起こった出来事で言えば、ブランコの来日第1号はおそらく一生脳裏に焼きつくと思うが、今日の森野の一打は3年も過ぎれば、記憶の中に刻まれた映像を再生することはおそらく難しいだろう。 あえて言おう。森野将彦のバットはもっと壮大な夢を描くことが出来る。 近い将来、打者・森野将彦を象徴するような、プロモーションシーンと成り得る「劇打」が必ず飛び出すはずだ。 球界に誇る「ドラゴンズの3番」の力は、まだまだこんなもんじゃない。 ◆ サバイバーの唄 2009/04/23(木)
4月23日(木) ナゴヤドーム● 中日 1 − 4 阪神 「サバイバーの唄」 ![]() 大時計は22時30分を過ぎ、いつしか大型ビジョンには各路線の終電情報が映し出されていた。 4時間35分の熱闘に、ドラゴンズは・・・敗れた。 今までの私の人生の中で今日のようなフルイニングゲームは何度となく見てきている。 その中には歓喜のサヨナラゲームもあり、今日のような立ち直れない痛恨の敗戦もある。 しかし、たとえどのような結末を迎えようと最終的には同じ感情に行き着く。 「なんか精一杯”ファンをやり遂げた”って感じするなぁ〜!」 なぜだろう。負けたはずなのに清々しいまでの達成感を身体が感じているのだ。 もしファンの”尊厳”のようなものがあるとしたら、それを再確認出来る瞬間は紛れもなくこの瞬間である。 真剣勝負である以上、結果が良かったり悪かったりするのは当たり前。 その真剣勝負の舞台を、自らが応援するチームの勝利だけを信じて最後まで見届けた者にしか与えられない感慨がここにはあるのだ。 空席が目立つ応援席にポツポツとまばらに残ったファン達が、尊厳を最後まで全うした生存者なのである。 なんなら、ここに残った全員と友達になれそうな、そんな感覚なのだ。 すでに気持ちはナチュラル・ハイ。それもそのはず、何せこちとら4時間30分もグラウンドを見っ放しだ。 そんな私達の耳に主審のゲームセットの声なんて聞こえやしない。 「さぁ!13回表もしまって行くぞぉ〜!」 「鳥谷のあの大ファールにはさすがにビビったよな」 「藤川、もう左で投げろ!」 小気味良いヤジがどこからともなく発せられ、私たちのいつ終わるかもわからない中日・阪神戦はエンドレスで続いて行く・・・ さぁ〜、テンションも上がってきた所で13回表に備えて、酒飲んで全裸にでもなるか。 ◆ 傾奇者 2009/04/22(水)
4月22日(水) ナゴヤドーム○ 中日 6 − 2 阪神 「傾奇者」 ![]() その男は「花の慶次」のテーマ曲に乗って登場する。 小柄な体格にガテン系の風貌。 従来のキャッチャーのイメージに似つかわしくないその男は、何を隠そう野村監督のもとでID野球を直伝された球界でも数少ない”野村の血”を引き継ぐキャッチャーである。 小山桂司。その男の頭脳にすべては託された。 小山というキャッチャーのエピソードを調べてみると、大まかではあるが彼の特性を窺い知ることが出来る。 社会人チームのシダックスで野村監督の指導を受け、2005年のドラフトで同僚だった武田勝と共に日ハムに入団。 当時の日ハムはキャッチャーが手薄だったこともあり、即戦力として周囲から大きな期待を受けたが、寝坊やチーム規律を破るなどの素行不良が目立ち同年のオフには「素行不良」の名目で25%の減俸を課せられるなど、 キャッチャーの能力がどうとかの前に人間としてどうなんだ?と疑いたくなる失態を犯している。 規律に従順な選手が多いと言われるドラゴンズの中では素行不良で減俸など考えられないようなことだが、落合ドラゴンズはそんな小山桂司を受け入れた。 落合監督が何を見出し、どんな可能性を感じたかは定かではないが、ひょっとしたら谷繁を欠いている現状でチームの中に何か新しい波を作るには小山のような”傾奇者”の力が必要なのかもしれない。 別リーグのまだプロ経験の浅いキャッチャーにチームの命運を託すというのはギャンブル以外の何ものでもないし、この状況で巧いことやれという方がいささか酷な気もするが、そんな中、小山は非常に良く貢献していると感じる。 昨日の朝倉、今日の浅尾に関しても本人の調子が良かったといえばそれまでだが、良い部分を引き出そうという姿勢は所々に伺えるし、何より他の捕手と違うのがバッテイングのセンスがある。 小山のスイングは、横浜の仁志を思わせるような柔らかい軌道で綺麗にバットが出る。 同じ控え捕手の小田や清水将と比較すると打者としてのランクは明らかに上であり、ラインナップの中に置いても充分に”仕掛けられる”レベルの打者である。 それを証拠に小山はここまで22打席立って三振数はわずか1つ。当てる感覚ならばそのへんの打者よりも備わっているのだ。 さぁ。谷繁の本格復帰まで約2週間。 小山はドラゴンズの火事場を最小限の被害で食い止めることが出来るのか。注目だ。 ◆ アンブレラスライダー 2009/04/21(火)
4月21日(火) ナゴヤドーム○ 中日 2 − 1 阪神 「アンブレラスライダー」 ![]() 朝倉健太という投手は、その年によってフィニッシュボールが変わる投手である。 通常、投手における”フィニッシュボール”とは普遍的なものである。 野茂や佐々木のフォークボール。今中や工藤のカーブ、山田久志や高津のシンカーなどなど、 かつての大投手達は自身の代名詞とも言える必殺のフィニッシュボールを唯一無二の武器として成功を得てきた。 だが、朝倉という投手はそのフィニッシュボールがその年によってコロコロ変わるという非常に珍しいタイプの投手である。 入団当初の朝倉は150キロを越える威力満点のストレートを武器に戦う投手だった。 その朝倉が飛躍を遂げたのが”フォークボール”をマスターした2002年。 谷繁に「佐々木と同等レベルのフォーク」とまで言わしめたフィニッシュボールを武器に先発ローテに定着し11勝を挙げた朝倉は一気にその名を轟かせた。 その後、右肘の剥離骨折という大ケガを負い、一時は投手生命すら危ぶまれたがそんな朝倉を再び表舞台へと押し上げたボールが”シュートボール”である。 打者の胸元を鋭くエグるこの高速シュートを武器にローテーション投手として復活。 かつてのフォークで三振を奪う投球スタイルを一変し、シュートで詰まらせて打ち取るという新たなスタイルを確立。2006年に13勝、2007年に12勝を挙げドラゴンズ投手陣の柱を担う存在に成長した。 だが、またもケガの魔の手が朝倉を襲う。 昨年7月に右腕の血行障害が発覚。発症原因が不明だったこともあり、復調への道が危ぶまれた。・・が、またも朝倉健太はマウンド上に舞い戻った。 フォークでもシュートでもない新たなフィニッシュボール「スライダー」を武器に。 朝倉のスライダーは奇抜な変化をする。 通常のスライダーと言えば、真横にスライドしていく横変化のスライダーか、縦方向に回転させて落とす縦変化のスライダーだが、 朝倉のスライダーは一度浮き上がってから、斜めの方向に曲がっていくという、カーブの属性を色濃く含んだスライダーである。 このスライダーは元々朝倉が使っていた球種だが以前までのスライダーは変化が緩く、打者の目先をかく乱させる用途に使ういわゆる「繋ぎ」のボールだった。 しかし今年の朝倉は、このスライダーが”フィニッシュボール”として使えるまでに進化しているのだ。 それを証拠に、今日の試合では阪神打線がこのスライダーに全く手が出ない。 打ち急いでは内野ゴロ。見逃せばコースギリギリのストライク。結局最後まで捉えることを許さなかった。 「傘・・みたいなスライダーだな。」 私の印象はこれだった。 よく鋭い変化球を「消えるようだ」と形容されることがあるが、朝倉のスライダーは打者の目から消えてはいない。 阪神の打者は確かに目では追えている。しかし、ボールを見極める寸前「ボールか?」「ストライクか?」というところで傘の・・・ ![]() の部分でストライクゾーンの端を「ガツッ」と引っ掛けていくような、そんな印象が残るのだ。 具体的に絵で表すのならば、こんな感じだ。 ![]() ギリギリのところでストライクゾーンに絡みつくような変化。なだれ込むように通過するとでも言うべきか、 とにかく今日の朝倉のスライダーは素晴らしいキレを見せていた。 フォークで名を馳せ、シュートで出世。そして紆余曲折を経てついに手に入れた魔球「スライダー」 若様。あなたの夢見た「天下」が見えてきましたよ。 ◆ 小田問題 2009/04/18(土)
4月18日(土) ナゴヤドーム● 中日 2 − 3 巨人 「小田問題」 ![]() 【TODAYS ターゲット】 あらめて言うまでもないが人間にとって「顔」って大事な要素だと痛感する。 全く同じ言葉を全く同じトーンで発していてたとしても、顔や表情の違いで伝わる度合いが一変する。 極端な例を挙げると、強面の人は何を言っても怒ってるように聞こえるし、温和な表情の人の言葉はなぜかすべてがやさしく聞こえる。 よく「人は顔じゃない」なんて言うが、やはり顔が持つ対人影響力というものは、非常に大きいと思う。 さて、ここの所ドラゴンズは3連敗と、開幕直後の勢いを完全に失ってる。 もちろんその原因は一つではないが、最も大きな要因を挙げるならばやはり谷繁の戦線離脱だろう。 谷繁が先発マスクを被っていた開幕から4戦は4連勝という最高の滑り出しを見せたが、4月8日に登録抹消されてからの9試合は2勝7敗。 しかも、その7敗中、逆転負けが4回、完封負けが2回と負け試合の内容も散々なものだ。 特に、最近の試合で繰り返している序盤のリードを勝利に結びつけることが出来ない試合展開にはファンの落胆ぶりも大きい。 若い投手陣が次々と伝染するように制球を乱し、試合の踏ん張り所を踏ん張れない。 「ここはホームランだけは避けて!」という場面で手痛い一発を浴び、「四球だけはヤメてくれよ」という場面ではみすみす歩かせてしまう。 この事態を一人の責任にするのは酷かもしれないが、やはりキャッチャーの小田幸平が投手陣を”引っ張りきれていない”ことは明らかである。 ここでリード力を問うつもりはないが、試合終盤のピンチで動揺し始めている若手投手陣をキャッチャーの自身度量で良い方向に導けていないという事実は確かだ。 では、なにがいけないんだろう? これは、ここで書いていいかどうかは迷うところだが、私は小田の「顔」に原因があると思う。 若手投手の気持ちになって想像してみてほしい。 試合終盤のピンチで体力も気力も滅入ってきている。「もう・・この場から逃げ出せるもんなら逃げしたい」正直なところそんな気持ちもあるだろう。 今までならばこんな衰弱しきった状況でも、「谷繁」という名のカンフル剤があった。 谷繁のふてぶてしい「あの顔」で渇を入れられ、気合を入れなおし立ち直ったというケースは若手の選手は特に多いはずだ。だが、その谷繁は今一軍にはいない。 その代わりとなる男の「顔」が・・・・ ![]() 「・・・・・・・・・・・」 こう言っちゃなんだが、引き締まるというよりは、この緊張感の無い「顔」はどう考えても緩んでしまう。 もっと言ってしまえば、「なんか・・・小田さん、僕より不安そうな顔してません?」ってなもんだ。 キャッチャーは「格」と「器」とよく言われるが、小田というキャッチャーの持つ器は”おちょこ程度”の気がしてならない。 今の局面を打開する方法は2つだけ。 小田が誰もが恐れおののくようなキャプテンシーを発揮するか、或いは投手が自分自身の意志で立ち直るか、どちらかしかない。 ・・・・・・・・。どちらかしかない。 ・・・・・・・・。 若手投手! 自力で立ち直れ! ◆ 2009/04/16(木)
「お知らせ」えーっと、新生理論派塾計画の現状をご報告いたします。 イラストレーターさんにドラゴンズの70名分のイラストをお願いしてるんですが、 多忙もあり、1日1人が限界。という状況らしいんで、よっしゃ!今日は浅尾先発するから今日は浅尾で!とお願いしたところ、 試合後に浅尾以外の記事(和田のこと)書きたくなっちゃったんで今日のところは浅尾スルー。 ただ、あまりにも出来がよかったんで1週間お蔵入りにするのももったいないと感じたので、 すぐにでもみなさんに披露したい!ということで浅尾お披露目します。 ![]() 王子様っぽいイメージで!とお願いしたら頭に王冠が乗りました。 という訳で、当面はイラストレーターさんにお願いした選手と私がその日に書きたい選手とが合致した時に「画像あり更新」になる。という感じになると思うので、 よろしくお願いします。 ◆ もしも願いが叶うなら・・・ 2009/04/16(木)
4月16日(木) 甲子園● 中日 2 − 3 阪神 「もしも願いが叶うなら・・・」 もしもの話。 ある時、野球の神様が突然自分の枕元に降りてきてこう言ったとしよう。 「今からお前にバッティングの才能を授けよう」 「日本球界の中から自分がなりたいと思うバッターを一人だけ選びなさい」と。 野球の経験がある者、プロ野球選手に憧れる者にとっては文字通り夢のような話だが、 この時みなさんなら、日本球界の数多くの猛者の中から誰を選ぶだろうか? もしも、こんなチャンスが舞い降りてきたら私は迷わずあの人の名前を叫ぶ。 「ビョ・・いや、間違えた。これは死んでもなりたくない」 もとい。もしも、こんなチャンスが舞い降りてきたら私は迷わずあの人の名前を叫ぶ。 「神様!僕に和田さんの才能をください!」 球界の中には脅威的な才能を持つ打者が沢山いる。 青木の「バットコントロール」小笠原・金本の「破壊力」内川の「当て感」 確かにどれも魅力的なスキルですべてが憧れの対象ではあるのだが、一人に絞るのなら私は迷わず和田一浩を選ぶ。 なぜなら彼のバッティングは「天才的」だからだ。 和田のバッティング技術は、他の選手とは明らかに違う。 他の選手たちは基本的な「枠組み」の内面に各々が持つ「才能」が肉付けされている形でバッティングが構成されているが、和田の持つ「形」はそもそも構造が違う。 何と表現すれば良いのか分からないが、とにかく彼の持つ「形」は独創性に満ちているのだ。 和田のバッティングを観た時に誰もが一度は感じたことがあると思うが、「そのコースをそう打つか!」と思うことが多々ある。 バッティングにおける軸や壁といった基本項目に執着することなく、必要とあらば這い蹲ってでもバットを出しにいくそのスタイルは、独創力に満ちた「可変形」とでも言うべきだろうか、 どんな打者にも決して真似することの出来ない、珠玉のスキルが和田のバッティングの中には存在するのだ。 今日の試合の9回表。 唸りをあげて放たれる藤川の剛速球の前に森野も、ブランコもまるでその存在を消されるように空振り三振に倒れていく。 この剛速球を目の当たりにしたドラゴンズファンは皆思ったはずだ。 「こんなボール、前に飛ぶ訳ねぇ・・・」それほど今日の藤川球児の球は極上の威力に満ちていた。 だが、5番打者が打席に向かうとそんな絶望的な感情に変化が訪れる。 「いや・・もしかしたら、和田さんなら・・」 そんな一縷の望みが沸く理由はただ一つ。彼が天才だからだ。 不可能を可能に変えることが出来るだけの天賦の才が彼の身体には宿っているのだ。 事実、和田一浩のバットは不可能と思われた藤川の剛速球をものの見事にバックスクリーンに放り込んだ。 「天才・和田一浩」 彼のバッティングに不可能は無い。 PS たまに、バッティングセンターに行くと和田の真似をして打ってみることがある。 うん。腰が痛くなるよね。 ◆ お知らせ 2009/04/15(水)
「お知らせ」お知らせです。理論派塾が少し変わります。 今シーズンに入って理論派塾の更新は諸事情により画像抜きの文章のみで行っていますが、やはりこれはちょっと絵的に寂しいものがあります。 自分でも最近の理論派塾の記事を見直す時に「あぁー文字ばっかで全然読む気しねぇ〜」なんて思ってる訳です。 そこで何かいい方法はないのか、と考えたところ・・・ありました。 「イラストだ!」 著作権や肖像権に触れずに記事の中にドラゴンズの「絵」を盛り込んでいくには、もはやこの手しかありません。 よっしゃ。じゃぁさっそくこの堀画伯が芸術的なイラストの腕前を・・・とペンを構えた瞬間、ハッとしました。 「オレ、美術2だ!」 思い起こせば、中学校の時。写生大会で、動物園のサイを描いて先生に提出したところ、 「堀君、堀君。これは何の動物?なんか中央に大きな岩の塊しか描いてないんだけど・・」と酷評された苦々しい思い出がフラッシュバックしてきました。 という訳で残念ながら自力でイラストを描ききることは非常に困難です。 そこで私は考えました。「よし雇おう!」と。 本の印税で得た豊富な財力を駆使して、この際、理論派塾専属のイラストレーターを雇ってしまおう。と。 で、一通りドラゴンズの選手のイラストを作ってもらって、その絵をもとに記事を書いていこうと考えたのです。 つまり、ドラゴンズの試合の1試合ごとに、1人の選手にスポットを当てる形式で、今日は藤井。今日は浅尾。なんて感じで書いて行くわけです。 ですから理論派塾の読者の方々は、「今日のターゲットは誰かなぁ?」なんて感じで毎回見ていただけると幸いです。 この形式の方が以前より”選手一人”を深く追求していける分また違った理論派塾になるかなぁと、期待半分、不安半分な感じですね。 あ、そうそう。 肝心のイラストレーターさんなんですが某大物の方とコンタクトがとれまして、「理論派塾のためなら。」と、年3回の焼肉ご馳走と引き換えに快く1年契約を快諾してくれました。 ![]() うーむ。さすがプロはお上手ですね。なんか俄然やる気になってきました。 という訳で新生理論派塾をドラゴンズともどもどうぞよろしくお願いいたします。 PS 明日15日の東京中日スポーツの記事でドラブック09のこと紹介してくれるらしいです。 先日、掲載予定の記事を拝見しましたが、なんかめっちゃ誉めてた!ナイストーチュー! トーチュウを買える関東圏内の方は是非チェックしてみてください。 ◆ 怒りの矛先 2009/04/08(水)
4月8日(水) 神宮 ● 中日 4 − 8 ヤクルト 「怒りの矛先」 5回途中6失点KO。ベンチに下がると中田賢一は荒れに荒れた。 鬼の形相で自らのグラブを通路の奥に叩きつけると、目の前のベンチを蹴り上げた。 2回3回・・・何度蹴ってもその怒りが治まることはなかった。 このシーンを見て私は驚いた。 普段の中田の姿からは想像出来ない暴れっぷりにもビックリしたが、何よりも驚いたのが、未来のエースと目される男の精神レベルが”この程度”であることに愕然とした。 私は普段の私生活で滅多に怒ることがない。 別に怒ることに対して鈍感なわけではないが、やり場の無い怒りを自分の内側で処理する術ぐらいは持っている。 そのことから、怒りを表面に表わしたり、ましてや物に八つ当たりする人間を見ると「あぁ・・残念な人だ」と感じてしまう。 いや、もしもその行動自体に生産性があるならば、やりたいだけやれば良いと思う。 ベンチの中でグローブを叩きつけたら6失点が3失点に減るとか、手前のベンチを蹴り上げたら1UPキノコが飛び出してくるとかなら、好きなだけ無限UPを楽しめばいいと思うが、残念ながらそうではない。 当然、ベンチ内の雰囲気も悪くなる。もしかしたら暴れることによってケガするかもしれない。起こりうることはマイナスのことばかりなのに何故するのだろう? 私には中田の行動が理解できない。 そんな中田賢一に感情のコントロールの方法を授けたい。 私は日常生活で腹が立つことがあると、すぐさまこの方法を使って怒りを処理している。 あんまり人には教えたくないのだが、ドラゴンズのエース候補が大衆の面前で自らの幼稚さを露呈してしまった今、そうも言ってられない。 私が実践しているその方法とは、名づけて「おっちょこちょいダンス」というものだ。 怒りの感情が脳裏に芽生えた瞬間に、その意識に覆いかぶせるようにしてこの「おっちょこちょいダンス」を踊るのだ。 やりかたは、まず口先をとがらせ、自分の考えうる中で一番「おっちょこちょい」な顔をしてみる。 さらに足をガニ股に開き、両手を広げ、小刻みに左右に飛び上るように足をステップさせ、こう叫ぶ。 ![]() 「おっちょこちょい! おっちょこちょい!」 「オレっておっちょこちょい!」 *5回繰り返し するとどうだろう。 いい歳して、こんな滑稽なダンスを自らの意思で踊っている自分に腹が立って来る。 終いには「あー恥ずかしい。何やってんだオレ。」と我に返ることが出来るのだ。 ”怒り”は内面的な感情のため一時的に人目を忘れて暴走してしまうことが多い。 だが、このおっちょこちょいダンスは、あまりの恥ずかしさゆえに人目という名の「羞恥心」に気付かせてくれるのだ。 人に見られているという意識を再び呼び起こしてくれるこの「おっちょこちょいダンス」。みなさんも怒りがこみ上げてきた際には是非一度使ってみてほしい。 せーの、おっちょこちょいっ!おっちょこちょいっ! ◆ 神を見た男 2009/04/07(火)
4月7日(火) 神宮 ○ 中日 4 − 3 ヤクルト 「神を見た男」 ![]() 「最後の打席ではもう神が降りてきましたね。」 日本球界が生み出したスーパースターは、世界一の頂に立った直後のインタビューで神の存在を肯定した。 あの瞬間、男の目には確かに神が見えたのだ。 野球における「勝負強さ」というスキルは、鍛錬の積み重ねで身につくものではない。 足は速くなる、肩も強くなる、バッティングも練習を続けていれば少しは巧くなる、だが「勝負強さ」だけは能力を上昇させることは難しい。 試合で数多くの経験を積むことでいわゆる”場慣れ”はしてくるかもしれないが、それは成功の確率がほんの少し安定してくるだけで、結局のところは実力という名の投票権を購入してあとは「当たってくれ!」と祈り、結果を天運に委ねるしかない。 だが、世間でスーパースターと言われる男達は歴史上、ここぞの場面で「当たり」を引いてきた。 いくら実力が突出していようが、勝負所での一打が出るか出ないかは全くの未知数のはずなのだが、歴史的一打はまるで運命に導かれるように彼らの頭上に舞い降りてきた。 非科学的ではあるが、これこそがイチローも言っていた「もっている」ということなのだろう。 「もっている男」は、極限の場面で一般的には触れることの許されない領域まで辿りつくことが出来る。 つまり・・・神を見ることが出来るのだ。 今、藤井淳志の目に神の姿は映っているのだろうか? 必死になりすぎて視界の中では捉えきれていないが、実はもう神は彼の頭上に降りてきているのかもしれない。 今日の決勝打となったレフト方向へのポテンヒット。 あの打球はボールに対して果敢にチャレンジしていく姿勢が無ければ、あの場所には絶対に落ちない。 無我夢中でボールに喰らいつく藤井の直向きな姿勢が”神のご加護”を呼び込んだ。そう表現するに相応しいシーンだった。 今、藤井に「神が見えているか?」と聞いたら、その答えは間違いなくNoだろう。 だが、本人が気づかないだけで彼の頭上にはもう神様が降りてきている。 歴代のスーパースター達が最後にたどり着いたと言われる桃源郷に行き着く資格が彼にはある。 藤井淳志の未来から目が離せない。 っていうか、藤井さんマジ神! ◆ コペルニクスは正しかった 2009/04/05(日)
4月5日(日) ナゴヤドーム ○ 中日 6 − 0 横浜 「コペルニクスは正しかった。」 ![]() 【TODAYS ターゲット】 ――プロ入り後に一度は鞘に収めたはずの刀は、ドラゴンズを救う宝刀だった…。 ■利き目■ みなさんの「利き目」は右目、左目のどちらだろうか? 手に右利きと左利きがあるように人間の「目」にも右利き、左利きがあるという。 この利き目は実は誰でも簡単に調べることが出来る。 まだ自分の利き目を知らない人はさっそくやってみてほしい。 まず、数メートル離れた遠くのものを視界にいれる。部屋にある花瓶でもぬいぐるみでもイ・ビョンギュのポスターでも、対象物は何でも良い。 そのまましっかり見続けた状態で対象物に向けて真っ直ぐ指をさしてみる。 その状態のまま、片目を交互に閉じたり開けたりしてみよう。すると片方の目は対象物をしっかりと指指しているのに対して、もう片方の目は対象物から少しズレた場所が見えている。 この検査でしっかりと指差して見ている方が自分の「利き目」ということになる。 野球のバッターはこの「利き目」がかなり重要視される。 バッターが150キロ近いスピードボールを動体視力で追いかけるには、当然広い範囲でボールを視界の中に捉えなくてはならない。 つまり、打席でバットを構えた時に投手側を向いている方の目(前側の目)が利き目であることが理想だ。 すなわち、右バッターならば利き目は「左」である事が理想的で、逆に左バッターならば利き目が「右」であることが理想とされる。 私の場合は利き目が「左」なので、視野の観点から言えば「右バッター」としての特性があるということになる。 これを初めて聞いた時には、幼少時代、立浪に憧れて左打席を練習しまくっていた日々が不毛に終わったと感じて一時愕然としたが、まぁこれも一つの宿命なのだと思う。 そのことを考えると、相手投手に合わせて右打席と左打席を使い分けるスイッチヒッターというのは本当に凄い。 スイングの身体の使い方も逆で、しかも、利き目のハンディも克服しなければならないのだから、奇跡の産物という他ない。 その奇跡が、今ドラゴンズに舞い降りたのだ。 藤井淳志。封印を解いた”二刀流”で4年目の今年ついに開眼した男の名だ。 ■覆る学説■ スイッチ再転向を志した2009年。藤井は劇的に変わった。 元々藤井がスイッチを志したことには理由がある。 アマ時代、右打者だった藤井には大きな弱点があった。右投手が投じる外に逃げるスライダーが全く打てなかったのだ。 井端のようにキレイに右方向に流し打つ技術が当時の藤井にあるはずもなく、悩んだ末に出した答えが「スイッチ転向」だった。 要するに「逃げてくボールは打てねぇから、いっそのこと逆側に立っちまえ」というコペルニクス的発想だ。 かつてコペルニクスの唱えた地動説は後の天文学に革新を起こしたが、残念ながら藤井の唱えた「逆側に立っちまえ説」は当時の藤井には荷が重すぎた。 右打者にとって外の変化球を打つのは技術的に難しいが、逆側の左打席に立った所で身体に食い込んでくる変化球に対応するのはもっと難しい。 そのウィークポイントに対応する術を持たぬままいつしか藤井のスイッチ挑戦は幕を閉じた。 しかし、運命とは不思議なもので、あれから長い年月を経て一時は捨てたはずの「逆側に立っちまえ説」に今、眩いばかりの脚光が当たっている。 内角に食い込む変化球を最短距離のバットコントロールで次々と弾き返す。こ・・これが藤井か!?誰もが我が目を疑った。 数年前には左打席でバットとボールが50cm以上離れた空振りを連発していた男の姿から今の姿は到底想像出来ない。 当時、コペルニクスの地動説を鼻で笑った奴らが数年後に平伏したのと全く同じ状況だ。 「逆に立っちまえ説だぁ?フン・・・右でもろくに打てねぇ奴が・・・」 ↓数年後 「藤井さんマジ神!ライトスタンドはあんたの庭!」 学説は後世でひっくり返る。それを目の当たりにした瞬間だった。 ちなみに、冒頭の「利き目」の話。 毎年ドラゴンズの視力検査を担当するキクチメガネの人の話によると、藤井の利き目は無いらしい。 待て待て、無いって何だ!無いって!・・・という事は、藤井はどちらの打席に立っても視界を可変出来るということだろうか? まさにスイッチヒッターになるために生まれて来たような男じゃないか! 藤井淳志の唱えた説は何一つ間違ってはいなかった。藤井さんマジ神っ! ◆ トニ・ブランコに殺された日 2009/04/03(金)
4月3日(金) ナゴヤドーム ○ 中日 4 − 1 横浜 「トニ・ブランコに殺された日」 たまに、「独創的すぎて言いたいことがよくわからん」というお叱りを受ける私ですが、 すんません。開幕戦のこんな大事な日の更新でその「よくわからん」こと書きます。 ![]() ・・・・殺された。完全に心を撃ち抜かれた。 新生ドラゴンズの門出となる記念の一戦で、その衝撃は起こった。 2回ウラ。ブランコの放った戦慄の一撃はミサイルのような弾道でバックスクリーン目掛けて一直線に伸びていく。 加速度を増し、障害物がなければ地平線の果てまでぶっ飛んでいきそうなその弾道は、もう肉眼で追うことは出来ない。 いや、もはや目で追う必要などないのかもしれない。 一塁側の内野席から眺めていた目線の先を音速で横切る一閃を前に私はただただ唖然とするしかなかった。 ブランコの放った戦慄の一撃は時間すれば約2、3秒の出来事だったが、その衝撃は私の野球に対する価値観を覆すほど衝撃的なものだった。 「これほどまでに驚異的なホームランがたった1点で良いのか?」 あの一発の瞬間は、思わず野球のルールを疑ってしまったほどだ。 ・・・その直後、私は奇妙な感覚に捕らわれた。 ブランコの打席の後、後続の和田、井上、藤井が打席に立っても何故か応援する気にならないのだ。 いや、厳密に言えば応援する気はあるのだが、何と言えばいいのか「この打席で何か凄いことを起こしてくれ!」という期待感は、明らかに目減りしてしまっている感じとでも言うべきだろうか。 その奇妙な感覚、ファンとしてはあるまじき感覚の答えを本当は自分でもわかっていた。 どんな結果になろうとも「ブランコより凄いことが起こる訳がない」ということを自分の感覚が知っているからだ。 「すべての選手に勝利への願いを託すこと」がファンの使命だとするならば、私のこの感受性はファンの応援の仕方としては最悪の部類に入る。 平たく言えば「ブランコにしか興味ないんでしょ?」という事だ。 特定の選手に肩入れすることなく、勝利至上主義、チーム愛至上主義を貫いてきた私の価値観はあのブランコの一撃によって殺されてしまったのだ。 わかりやすくたとえてみよう。 たとえばフィギュアスケートで第1演技者のブランコという外人選手が、超人的な身体能力でいきなり脅威の6回転ジャンプを成功させたとしよう。 およそ人間技とは思えないその姿を目に焼き付けた後、第2演者、第3演者の演技を一体どんな顔して見ろと言うのだろう。 たとえその後に、華麗なステップ、巧みなスピンを見せられたところで「いや、もう6回転ジャンプ見ちゃってるし・・・」と冷めてしまう。そんな感じに似ている。 それほどブランコの一撃は規格や常識を凌駕してしまうほどのセンセーショナルな一撃だったのだ。 和田の2発、技術的に見てももちろん素晴らしい。森野の勝ち越し弾も美しかった。 しかし、トニ・ブランコという単体が放つ圧倒的な存在感の前では、残念だが比較にならない。 ヤバイ!このままではドラゴンズの結果よりブランコに興味がいってしまう! このままでは私のドラゴンズ愛はブランコという一個人の選手に殺されてしまう。 もし、今日の試合を見てブランコの一発以外は特に興奮しなかったという人がいたら、同じ病気だと思います。一緒にリハビリしましょう。 殺し屋・ブランコ。またの名を「KILLER・B」 ドラゴンズ変革の記念日にとんでもない男が現れた。 ◆ |
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