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◆ じゃんけん理論 2009/05/25(月)
5月25日(月) ナゴヤドーム○ 中日 10 − 4 日ハム 「じゃんけん理論」 ![]() 打者と投手の戦いは、ある種”じゃんけん”に近い側面がある。 野球というスポーツでは、確率上、打者の側が弱者であることから、闇雲にグー・チョキ・パーを選んで勝てるような勝負ではない。 打者はじゃんけんのように相手投手の出してくる手を予測しながら勝負に挑まなければならない。 ストレートか?変化球か?高めか?低目か?内か?外か?だとしたら、こちらは何を出せば勝てるのか? 相手投手によっては何を出しても負ける時もあり、逆に打者の調子が良ければ、グーだけを出し続けても勝てる時だってある。 そこにはシンプルな中にも奥深い駆け引きが存在するのだ。 さて、この投手とのじゃんけんにおいて、一つ重要な要素がある。 それは打者がいかに”あいこ”に持ち込めるかである。 このじゃんけんにおける”あいこ”とはつまりファールや、或いはボール球を見極めるという部分だ。 たとえ一発では勝てなくとも、あいこに持ち込んで相手投手に多くの手数を出させて傾向や対策を掴む。 これが出来るか出来ないかで、成功のアベレージは極端に変わってくるのだ。 ではドラゴンズの中で一番のじゃんけん巧者と言えば誰だろう? そう考えた時、それは”あいこの達人”である井端弘和をおいて他にはいない。 井端のあいこにする技術というのは凄まじいものがある。 たとえば相手投手がグーを出してくるとしたら、相手が手の指を折り、グーの形を作ろうとするギリギリの瞬間まで手元を凝視しながら、瞬間的にパッ!とグーを作ってあいこに持ち込むような、 そんなテクニックを持っている。 これを何度も繰り返されると、さすがに相手投手も集中力を欠いてくる。 そして、相手がじゃんけんの手を作るタイミングが早くなってきたところを見計らって「今だ!」とばかりに”勝つ手”を出す。 井端の打席を見ているとそんな印象を受ける。 しかも、究極に感性が研ぎ澄まされた時の井端は手のつけようがない。 極端なことを言えば、相手が何を出しても勝てない。何を出してもあいこが続いてしまうという状況に持ち込むことが出来るのだ。 まさにそれは、井端にしか出せない”手”であり、グー・チョキ・パーという3種類に属さない特殊な手なのである。 研ぎ澄まされた時の井端が使うその”手”がこれだ。 じゃんけん・・・・ ![]() ポイッ! 逆に聞きたい。 なに出せばこれに勝てるんだ! ◆ 墓場からの救世主 2009/05/24(日)
5月24日(日) ナゴヤドーム○ 中日 1 − 0 日ハム 「墓場からの救世主」 「ピッチャー河原」 そのコールの瞬間、言いようの無いどよめきがナゴヤドームを包んだ。 それは不安や恐れなどというシンプルな感情ではなく、「何故この場面で?」という混乱にも近い声が球場全体から漏れた。 それもそのはず、河原純一と言えば一度死んだ男である。 2005年に右ヒザのじん帯断裂。2007年に西武から戦力外を通告され、その後の合同トライアウトでも獲得に名乗りを挙げる球団は無かった。 事実上の引退勧告を受け、河原の12年間に渡る野球人生は幕を下ろした・・・はずだった。 だが、河原の野球人生は終わっていなかった。 普通はトライアウトに落ちた時点でプロ野球選手としてはゲームセットである。 しかし野球人としての本当の意味でのゲームセットは、球団が決めるものではない。それは河原自身が決めるのものなのだ。 河原は終わることを拒んだ。12球団すべてに「いらない」と評価されようとも、たとえ目の前に道は無くとも、”進む”ことを選んだのだ。 昔、ある人が言った。「本人が望んでいれば野球道に終わりは無い。」 そう。河原純一の野球人生はまだ終わりではないのだ。 もう一度プロの舞台へ戻るために野球浪人を決意した河原は、母校駒澤大学のグラウンドでトレーニングを続ける。 黙々とトレーニングをこなす日々の中で、「限界」という言葉が頭をよぎった回数は一度や二度ではなかったはずだ。 右ひざに爆弾を抱え、年齢と共に衰える肉体に抗い続ける日々。この努力が報われるアテなどどこにも無い。ひょっとしたらすべてが無意味なのかもしれない・・。 だが、河原は諦めなかった。 一度は転げ落ちたプロの舞台に向かって、遠くから叫び続けた。「もう一度、もう一度そこに行かせてくれ!」 ・・・2009年5月24日。 河原純一はついに辿り着いた。 最後まで野球を諦めなかった男、いや、野球を捨て切れなかった男は、ついに望んだ場所に戻ってきた。 全盛期にジャイアンツのストッパーを務めていたあの頃に比べたら、失ったモノは多いかもしれない。 150キロ近かったはずの速球はもう無い。1億円近い年俸も今は600万。首脳陣からの信頼も、ファンの歓声も、あの頃よりは大幅に少ない。 ただ・・・野球への思いは、あの頃の何十倍もある。 墓場からの救世主・河原純一。 線香花火の消える間際の煌きのような、野球人生のすべてを賭けた”最後の悪あがき”に注目だ。 ◆ 木俣会 2009/05/18(月)
お知らせ![]() 昨日の横浜戦の試合前、木俣さんと中利夫さんとお話させて頂きました。 ドラゴンズが誇る三大神。「中」「高木」「木俣」のうちお二人と喋る機会なんてそうそう無いので、本当に本の仕事をやってて良かったなぁとしみじみ感じます。 さて、そのお話の中であるビッグプロジェクトが発足しました。 実は私が兼ねてから構想を練っている「木俣会」というものがあるんですが、 木俣さんと何度かお話させて頂く中で、この感動を独り占めしてはいかん!と思い立った私は、 「木俣さんを囲んで食事する会とか、僕が企画しちゃダメですかね?」と昨日伺った所、なんとあっさりOK。 「じゃあ前半戦が終わった頃にでも、前半を総括する形でやるか。」とノリノリで言っていただけたので、 是非、やりましょう!となり、理論派塾プレゼンツ「木俣会」が発足する運びとなりました。 という事で、「木俣会」に参加したい!という人を募ります。 詳しくは以下の要項通り。 ![]() 参加したい!という方は、コメント欄にお名前(ペンネーム・ハンドルネーム不可)・お住まい・年齢・性別・メールアドレスを必ず明記の上投稿してください。 プライバシー保護のためコメントはすべて非公開にしますのでご安心下さい。 会費は割り勘にしようと思っているので未定ですが、さすがに5000円ぐらいでまとまるんじゃないかなぁと考えています 募集締め切りは5月24日(日)まで。応募者多数の場合は抽選です。当選者の発表はメール返信をもって代えさせていただきます。 普段、理論派塾を見て頂いている方々や本を購入して頂いたみなさんに、こういった企画でせめてもの恩返しが出来れなばと考えていますので、ドシドシ応募してください。待ってます。 *受付は終了しました ◆ 傍観者は見つめる・・・ 2009/05/15(金)
5月15日(金) ナゴヤドーム○ 中日 1x − 0 横浜 「傍観者は見つめる・・・」 「0回」 ゼロ回。今日の横浜戦における、この数字が何を意味するかわかるだろうか? おそらくわかった人は少ないと思うが、この「0回」とは今日の試合でレフト・和田一浩が打球を処理した回数である。 そう。0回。レフト前のゴロヒットもレフトフライも全く無く、和田は今日の試合の守備で一度もボールに触れていないのだ。 これは、プロ野球の試合ではなかなか珍しい部類に入る珍記録なのだが、考えられる要因は一つ。 それほど吉見の投球が素晴らしかったということだ。 打者の手元でグイッと加速度を増すストレート。鋭くコーナーを刺すシュート、スライダー。どれを取っても惚れ惚れするような百点満点の出来だった。 これほどまでのコーナーワークとエグいまでの球筋を見せられたら、横浜打線は成す術がない。 クリンナップに並んだ内川・村田・吉村の3人の右打者は、ボールを前で捉えることが出来ず、引っ張れない。 左打者は流し打ちを狙おうにも、バットを合わせるために遅めのタイミングで待っている所を、インコースでズバッとエグられる。 つまり、冷静に判断してみると、今日の吉見の出来ならばレフトに打球が飛ぶ確率はもともと低く、ついには一試合通じて一度も飛ばなかったという事だ。 今日の和田は、守備機会0回。加えて、打つほうでは4打数0安打1併殺。 これは珍しい。10年に1度あるか無いかと言って良いほど極端に珍しい事である。 ・・・・はっきり言おう。 いや、言うべきか、言うまいか、かなり迷ったがもう抑えられない。これは正真正銘の事実なのだ。 言ってしまおう。今日の試合・・・・ ![]() 和田さん。 今日、なぁ〜んにもしなかったね。 ◆ 新型ウィルス 2009/05/14(木)
5月14日(木) ナゴヤドーム○ 中日 5 - 8 ヤクルト 「新型ウィルス」 「また感染者です!!!!」 第一報が入った。 「そうか・・・例の新型か。わかった・・・。」 森大臣は深いため息をつくと、苦々しい表情を浮かべてゆっくりと受話器を置いた。 感染者は4月の段階で隔離したはずなのだが、またしても第2、第3の感染者が出てしまった。 ドラゴンズのリリーバーに蔓延する新型ウィルス。「ノーコン病」が今、猛威をふるっている。 まず始めに感染の疑いがかかっていたのは、中田賢一だ。 元来の「ノーコン体質」から来る突然の制球難。被害拡大を恐れた首脳陣は、いち早く2軍に隔離という選択を選んだのだが、 中田の代わりに上がってきた男も、なかなかやっかいだった。 山井大介。 山井は「ノーコン病」の感染対策として、サングラスで目の保護だけはしっかりしていたはずなのだが、なにせ新型ノーコン病は空気感染してしまう。つまりサングラスは無意味なのだ。 山井は先発するたびに序盤から四球を連発。時すでに遅し。明らかに発生していた。 首脳陣はノーコン病の警戒レベルをフェーズ5に引き上げ、中田の時と同様、慌てて山井も二軍に隔離したのだが、新型ウィルスの蔓延は止まることを知らない。 今日のヤクルト戦では、リリーフで登場した齋藤と高橋聡が、全くストライクが入らない。 ボール。ボール。またボール。押し出し。押し出し。また押し出し。という悲惨極まりない失態を露呈してしまった。 森大臣は、試合後に緊急記者会見を開き、警戒レベルがフェーズ6である現状を公表。 即座に齋藤と高橋聡の二軍隔離を決定した。 今の状況で出来得る対策は、一つである。 新型ウィルス「ノーコン病」について投手の一人一人が正しい知識を持ち、必要な準備を進め、適切に対応することでだけである。 適切な処理さえ心得ていれば、新型ウィルスといえど、投手”生命”が危ぶまれるほどの危険性は無いのだ。 二軍の隔離病棟にいる投手たちは、早く病気を治して一日でも早く帰ってきて欲しいと思う。 でも、二軍で山本昌が感染して突然ノーコンになってたりしたら、さすがにビビるよね。 ◆ 終わらない唄 2009/05/12(火)
5月12日(火) 岐阜○ 中日 6 − 3 ヤクルト 「終わらない唄」 ![]() 最優秀中継ぎ賞3回。最多セーブ2回。10年連続50試合登板。3年連続40S。4年連続30S。シーズン最多46S。 救援投手におけるすべての栄光を手にした男に、また一つ新たな栄光が加わった。 通算200セーブ。 2004年にストッパーに転向してからわずか6年目での200セーブ達成は、驚異的なスピードである。 今日は鋼鉄の左腕・岩瀬仁紀のルーツを探ってみよう。 ドラゴンズの地元、愛知県西尾市に生まれた岩瀬。 高校時代に県大会でノーヒットノーランを記録した事以外は、特に目立った実績の無い岩瀬だが、幼少期の岩瀬に関する貴重な証言を聞くことが出来た。 ドラゴンズの重鎮であり、同時に私のお師匠さんでもある木俣達彦さんの話によると、 木俣さんが少年野球復興のために主催し、あのイチローも少年時代に参加したという「木俣杯」に当時の岩瀬少年も出場していたというのだ。 木俣さんに当時の岩瀬の印象を聞くと・・・ 木俣さん「いやぁ、全然覚えてない。」 まぁそれも当然の話で、まさか西尾市の平凡な野球少年の左腕が、20年近い時を経て球史に刻まれるほどの鉄腕になろうとは、この時は夢にも思わなかったはずだ。 そんな平凡な少年が何故ここまで”特別な投手”へと変貌したのだろう。その答えは岩瀬の特別な投法にある。 岩瀬の投げ方は一般的には「アーム式」という投法に分類される。 アーム式は腕を伸ばしたままテークバックし、肘が前に出ない投法で、科学的に見ると腕の使い方の効率が悪いとされ制球が定まりにくく、肩、肘の負担も大きいと言われる。 では、何故、岩瀬はその「アーム式」でここまで成功出来ているのだろう。 少なくともアーム式に関する「制球が定まらない」「故障しやすい」という定説は、岩瀬には全く当てはまっていない。 岩瀬の投法は、一般的にはアーム式に見えるが実はそうではないのだ。 岩瀬の投球フォームをじっくり見ているとあることに気付くはずだ。 そう。顔が凄いのだ。いや、ホントに投げている時の岩瀬は凄い顔をしている。(参照→●) 大変失礼な言い方になるが、あえて言うなれば顔にパンストを被せて、3塁側方向から引っ張っているような、 漫画・ドラゴンボールでたとえるならば魔封波を喰らった時のピッコロ大魔王のように強い遠心力を受けて「うぎぎぃーっ」ってな感じの顔だ。 それほど強い力で引っ張られるように岩瀬の顔は動く。 前々から思っていたことなのだが、なぜ毎回、毎回こんな顔になるのか・・・・ その答えは、岩瀬が「体幹」で回っているからに他ならない。 体幹。つまり腕だけでなく腹筋、背筋、胸筋、足の筋肉を含むすべての体の軸を捻りながら力を生み出しているのだ。 身体全体でボールを巻き込んでいると評するのが正しいだろう。 岩瀬の肩、肘を心配する声はルーキーの年以来、絶えなく聞こえてくるが、 身体全体で投げる体幹投法と、万全のケアを今後も続ける事が出来るならば、この伝説に終わりは無い。 もうここまで来たら行けることまで行こう。岩瀬仁紀は前人未到の地に足を踏み入れる資格を持つ男である。 さっそく皮算用してみよう。このままのペースで行けば岩瀬は何歳で伝説の記録に辿りつくことが出来るのか? ![]() 11年後の2020年。 そのころには、現代医学はどれほど進んでるだろうか? もう自動車は空を飛んでいる頃だろうか? 花束を掲げる48歳の鉄腕投手は今日のような満面の笑みで笑っているだろうか? ● ◆ 殺し屋の正体 2009/05/08(金)
5月8日(金) 東京ドーム● 中日 4 − 10 巨人 「殺し屋の正体」 「um・・・・I see.」 と、いつ言ったか定かではないが、ブランコが爆発している。 今日を含めた最近5試合で21打数10安打。打率.467というアベレージももちろんだが、特筆すべきは何と言ってもその飛距離だろう。 7日のカープ戦では高さ50mの位置にあるナゴヤドームの天井スピーカーにぶち当てるという推定飛距離160mの認定ホームランを記録したかと思えば、 今日の試合では、東京ドームの看板の上の照明を直撃する特大ホームランを放った。 信じられない光景を目の当たりにすると、よく「漫画のようだ」という表現が用いられることがあるが、ブランコのパワーはもはや漫画だ。 紙とペンでしか描ききれないような”怪人”が漫画の中から飛び出してきた。そう考えた方が自然に思えてしまうほど、ブランコのパワーは現実離れしている。 「ブランコの打席だけは競技が違う」 「ブランコの大ホームランは、他の選手を、いや、野球という競技をそのものを殺してしまう。」 というような事を開幕戦の記事で書いたが、”殺し屋”KILLER・Bの怖ろしさはズバリここなのである。 本来は対戦競技としてお互いのチームが雌雄を決する競技であるはずの野球が、 ブランコが打席に立った途端「びっくり人間!どこまで飛ばせるでSHOW!」に早変わりしてしまう。 これは野球という競技が持つ数ある魅力をブランコという一人の存在が殺してしまっているのではないか? その意味から彼の二つ名は「殺し屋」なのだ。 ひとたび彼の魅力に取りつかれた者、つまりブランコに”殺された者”達の視界にはもうブランコ一人しか映らない。 「どんなパワーを見せつけてくれるんだろう?」 「一体どこまで飛ばしてくれるんだろう?」という本来ならば野球を見る上で間違った価値観で試合を観てしまうのだ。 恐ろしい・・・なんて恐ろしいんだ。KILLER・B。かく言う私も、連日の特大HRで既に殺されかけている。 いや、もうここまで来たら、楽しむしかない! ブランコよ!好きなだけ暴れてくれ!元々は漫画の世界の住人であるキミに誓約などなにもないのだ。 東京ドームの看板を越え、ナゴヤドームのバックスクリーン上段と天井スピーカーは既に制覇した。 あと・・他に狙うとしたらどこだろう。むむ。これは調査が必要だ。 あることを思い立った私は自宅の漫画部屋から野球漫画を手当たり次第引っ張り出してきた。 うーん・・・どれがいいかなぁ・・。そう。私は持っている野球漫画の中から大ホームランが放たれたシーンをピックアップしてみたのだ。 もともと漫画の中の住人なのだから、漫画で起こった大抵のことは実現可能なはずだ。 ・・・すると手ごろなのが3つ見つかった。 ![]() ストッパー毒島の川岸のホームランは、ブランコの力ならば十分に可能。 MAJORのおとさんのホームランは難敵ギブソンの160キロを弾き返しているため、最大限の反発力を生み出す相手投手が必要。やや困難か。 巨人の星の花形にいたっては、消える魔球を打ち砕くという並々ならぬモチベーションのもとに生まれた奇跡の一打なので、これはさすがに厳しいか。 いや、ひょっとしたら考えようによってはブランコの手にかかれば全てが実現可能なのかもしれない。 なにせ彼は”向こう側”の人間。私達の考える常識など通用しないのだ。 漫画の世界から現れた「殺し屋」KILLER・B。 殺し屋の放つ弾丸が、あなたの左胸が打ち抜く日は近い。 ◆ 最後の時 2009/05/07(木)
5月7日(木) ナゴヤドーム○ 中日 4x − 3 広島 「最後の時」 最近よく、立浪の引退試合の日のことを想像する。 英雄・立浪和義の「最後の時」とは一体どんな感じなのだろう?目をつぶって想像してみる。 ナゴヤドームでのシーズン最終戦。現在の日程のままいくとしたら9月30日の巨人戦が”その時”だろう。 試合後、暗転したグラウンドに一筋のスポットライトが射す。辺り一面が多くの花々に囲まれ、照らされる光の中に僕らの英雄が立っている。 ゆっくりと踏みしめるように中央に歩を進めた英雄は、万感の思いを胸に、喉の奥からしぼり出すように最後の言葉を語る。 瞼の奥は少し潤んでいるように見えるが、英雄の目に涙はない。 今日という日は野球人・立浪和義の「終焉」ではなく、「完結の時」なのだ。 この日のために詰めかけた4万人近いスタンドのファンは、偉大な英雄の最後の言葉をかみ締めるように聞く。 ベンチに目を移すと、たくさんの弟子たちが号泣している。 一番弟子の藤井は溢れ出す涙をリストバンドで何度も拭っている。 野本・新井は涙を浮かべながらもグッと堪えながら視線を前に向ける。 平田や堂上兄弟も、口を真一文字に結び、この瞬間を心に刻んでいる。 時代を受け継ぎ、ドラゴンズを託された者たちは、それぞれの目に立浪和義の最後の勇姿を焼き付けている。 その時、バックスクリーンには今までの栄光の軌跡が映し出される。 プロ入り初ヒットとなった二塁打。ゴールデングラブに輝いた華麗なジャンピングスロー。 10.8決戦で肩を押さえながら負傷退場する姿。ナゴヤドーム第1号のホームラン。 東京ドームで放った2000本安打。日本シリーズの同点3ラン。 そして今日のサヨナラタイムリー・・・・。 英雄が22年間のプロ野球人生で刻んできた数々の栄光は、まさにドラゴンズそのものだ。 中日ドラゴンズに多くの夢と感動を与え、残し、刻んだ男の”生き様”がそこにはあった。 惜しみない敬意と言葉では表しきれない感謝の思いを込めて、私達は英雄の「最後の時」を見送った。 ふと、目を開け、我に返る。 「・・・こんな日は来なくていい。」 私は、あなたに憧れてここまでドラゴンズファンを続けてきた。 幼少時代にあなたを見た時から、あなたみたいに巧くなりたくて、カッコ良くなりたくて・・・ずーっと眼差しを送り続けてきたのだ。 立浪和義のいないドラゴンズなど想像できないし、誰も望んでいない。 いつまでもその勇姿を見ていたい。いつまでも声援を送りたい。これがファンの本音だ。 「僕らの英雄は絶対に死なない!引退試合なんか必要ない!」 そんなことを思い続けて、刻一刻と迫りくる「最後の時」に目を背けながら、私はその時を迎えるんだろうなぁ・・と思う。 ◆ 地獄の大乱闘 2009/05/06(水)
5月6日(水) ナゴヤドーム○ 中日 4 − 2 広島 「地獄の大乱闘」 今日の広島戦、試合開始前。 次の本の仕事の関係で木俣達彦さんと打ち合わせをした。 何度も打ち合わせをこなすにつれて、段々と慣れてくるもんで、今日も「あ。どーも、いつものヤツでーす。」ってな具合で軽く関係者通路を通過し、あの禁断の園へと歩を進めた。 すると・・・ロビーで思わず立ち止まる。ビビった。まさかこのタイミングは予想してなかった。 今日もいつも通りの木俣さんお一人だと思っていたのだが、この日、同席していたのはなんと鈴木孝政さん。 (そうか・・今日はCBCが木俣さんで、東海は孝政さんだったか・・) 以前から紹介していただけると言うお話は伺っていたが、まさか今日とは・・・ 一つのテーブルを囲んで、伝説の捕手、伝説の抑え、・・・そして私。何だ!このトライアングルは! 巨匠のお二方を前に完全にたじろいだが、いや、もうここはやるしかない。 ということで、気を取り直し、打ち合わせ開始。 新作のテーマは、ドラゴンズ歴代OBの方々から生のエピソードを頂戴して、年代別にまとめあげるという超大作。 60年代から70年代のエピソードを木俣さんに担当していただき、80年代を孝政さん。90年代を超大物Tさんにお願いするという超豪華な一冊。 これまでの取材でもたくさんのエピソードを伺ったが、話によっては結構、出版コードギリギリ(というか、ほぼアウト)のモノも多く、 「いやぁ・・これは本音は書きたいんですけど、心にしまっておきます」的なお蔵入りも多い。 さて、今日は広島戦ということで 「お二方は、広島戦で印象に残ってる試合はありますか?」と聞いたところ、奇しくもお二人とも同じ試合を挙げた。 1975年9月10日の広島市民でのカープ戦。世に言う「地獄の大乱闘」の試合だ。 この事件は私も本でしか知らない出来事だが、実際、事件の渦中にいたお二方の証言を聞くと、この出来事がいかに大事件だったのかを思い知らされる。 1975年。昨年巨人のV10を阻止し連覇へ臨むドラゴンズと、「赤ヘル旋風」で初優勝を狙うカープの大一番。 初優勝を狙うカープファンの、異様なまでの熱気に包まれながら行なわれたこの試合で、事件は起こる。 伏線はあった。この日の先発・星野は立ち上がりから得意の内角攻めでカープ打線を抑えるが、2回ウラに衣笠と大下に死球を与え、乱闘寸前の小競り合いに。 さらに6回ウラには水谷にもこの日3つ目の死球を与える。これがカープファンの逆鱗に触れ、グラウンドは常に怒号が飛び交うという修羅場と化した。 そんな状況で迎えた中日1点リードの最終回。マウンドには抑えのエース鈴木孝政。 「いやぁ、あの日だけはホント、マウンド上がりたくなかったよ。」と孝政さんは語っていたが、事件は起こってしまった。 9回ウラ2アウトながらランナー2塁。バッターはカープの主砲・山本浩二。 この場面で山本の放った打球は無情にもセンター前へ。セカンドランナーの三村は迷うことなく3塁を回った。もしランナーがホームに還れば同点。 センターからの懸命のバックホームで本塁上はクロスプレーに・・・どうなる! 「アウト!」 キャッチャー新宅は、果敢なブロックで三村を吹っ飛ばし本塁を死守したのだ。 ドラゴンズは辛くも逃げ切り何とかゲームセット。・・・となるはずだった。 しかし、新宅のブロックに対し、広島ベンチが猛反発。 改めて、当時の映像をよく見てみると、クロスプレーの際にキャッチャー新宅の肘が、ランナー三村の顔面に入っている。 抗議のためにベンチから次々と選手が飛び出してきた事を皮切りに、場内のカープファンは一気にヒートアップ。 フェンスを乗り越え、グラウンドにファンが雪崩れ込んでしまうという緊急事態に発展してしまったのだ。 所々でカープファンとドラゴンズ選手との取っ組み合いが始まり、グラウンド内は騒然。市民球場は地獄絵図と化した。 孝政さん 「あれは凄かったなぁ、そこら中で殴り合いだもん。木俣さんどうしてました?」 木俣さん 「オレ、その時ベンチにいたよ。」 という、生の証言をもとにさらに深く追求すると、「地獄の大乱闘」の裏側では、とんでもないことが起きていた。 堀 「えええっ!!マジっすか!」 さて、盛り上がってきましたが続きは本で。 堀正央の渾身の最新作「中日ドラゴンズのすべらない話(仮)」 現在、超豪華メンバーの生証言のもと、鋭意製作中です。ご期待ください。 ◆ 再生への道 2009/05/02(土)
5月2日(土) 横浜● 中日 1 − 6 横浜 「再生への道」 打てない、守れない・・・勝てない。 開幕当初はあざ笑っていたはずの横浜に、気付けば肩を触られ「そろそろ代わらない?」と耳元で囁かれるような位置まで降下してしまったドラゴンズ。 なぜここまで急降下してしまったのか? 崩壊への序曲を巻き戻して辿ってみると、歪みの原因はドラゴンズが売りとしているはずの「守備」にあった。 開幕から24試合失を終えた今日の時点で、失策数は12球団最多の20を数え、捕逸は壊滅的とも言える6つ。 某国民的アイドルのことをとやかく言えないほどの”守乱(しゅらん)”ぶりが、そっくりそのまま成績へと跳ね返ってきているという現状だ。 「守備が下手で何が悪い!」と子供のように手足をバタつかせても、 「ディンゴー!ディンゴー!」と意味不明な言葉を連呼しようとも、残念ながら今の現状が好転することはない。 重要なのは、守備という名の鎧を失い、丸裸となった今の事実をどう捉えるかである。公衆の面前で「ごめんなさい」と謝るぐらいではこの問題は解決しないのだ。 具体的な解決策は1つ。 一番手っ取り早く、かつ即効性を求めるのならば、シンプルに人員を代えるというのが一番の手だ。 「守備」の項目が悪循環の根源ならば、守る人間を総とっかえすれば良い。 守備のパフォーマンスが冴えない者、精細を欠く者に関しては強制的にベンチに下がってもらう。 そして、新しい枠組みで組織的な守備の地盤を再構成する。 とはいっても実際に決断に踏み切ることは難しく、理想論の粋を出ない解決法かもしれないが、方法としては最もシンプルで最も有効な手段である。 では、想像してみよう。 まず現在の総エラー数「20」の中からエラーの極端に多い選手をピックアップしていく。 ![]() ブランコ外す。森野外す。荒木外す。藤井外す。小山外す。 うむ。なるほど。わかった事がある。 ダメだ!試合が出来ない! やはり、今は辛抱して現有戦力で苦難を乗り切るしかないということか。 しかし、そうなると当然、チーム再建の行方は投手陣の踏ん張りにも託されることになる。 今のドラゴンズは投手陣に関してもまだまだベストとは言い切れない布陣である。 2軍で調整中の選手もいれば、まだ本来の実力を発揮しきれていない投手も大勢いる。 つまり、投手陣を含めた守り勝つための準備がすべて整った時にしか新しい何かは生まれないということだ。 その段階まで到達して、はじめてドラゴンズは再スタートを切れるということだ。 具体的な青写真を掲げるとしたら、こうだ。 投手陣では「昌広」がリーダーとしての存在感を取り戻し、「拓也」がエースのしての自我に目覚め、 野手陣は「ゴロ‐」を完璧に捌けるようになって、今までの守り勝つ野球を超えた新たなスローガン、つまり「新語」がドラゴンズに生まれれば、 その時はじめて、”中日ドラゴンズは「強し」”という評価を手に入れることが出来るのだと思う。 今は我慢の時だ。 ◆ |
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